「ヨハン、一ヶ所だけケジメをつけに出掛けさせてくれ」
「何だよケジメって。十代、また一人で危ない事しようってのか!」
違うんだ、ヨハン・・・。
お前と、この生活を続けたいから・・・お前たちに迷惑を掛けたくないから・・・二人に迷惑が掛からないように、裏の社会と手を切るには通すべき筋は、通しておきたい。
ユベルに聞こえないように小声で正直に伝えるとヨハンは深く頷き、渋々承諾した。
「分かったよ、十代。十代を信じてる。だから今日、必ずここへ戻ってきてくれ。戻ってきたら・・・」
えっ?
戻ってきたら・・・
「今日からは同じ部屋で過ごそう・・・。いいだろ、十代」
ヨハンのオレに対する想いは既に聞いている。
ヨハンの言葉の意味は、確認するまでもない・・・。
オレは黙って頷いた。
ヨハンは声を殺して大きく喜び、その姿がオレには何よりも嬉しかった。
今夜・・・オレはヨハンと・・・。
・・・。
その為にも今日中に過去を断ち切り、清算しなければ・・・。
ヨハンとユベルと過ごす温かな空間。
普通の生活を送る幸せな兄弟と闇の世界での暗躍を誓ったオレ。
決して寄り添える事なく、永遠に平行のままだと思っていた。
だけど、そんなオレを純真な優しさで支え続けてくれた二人に、オレはわずかな可能性を・・・少しずつ期待してしまった。
闇の世界で既に手を染めているオレを、ヨハンは受け止めてくれている。
今日だけ、もう一日だけと自分に言い訳して、繰り返してきた生活。
続けていくごとにヨハンの想いや・・・、二人の温かさに、このまま包まれていたい衝動が抑え切れなくなった。
・・・。
『反故した時は・・・。覚悟出来てるんでしょ?』
サイレンサーを手に入れ、あの場を去ろうとした時に、掛けられた言葉・・・。
新たに交わした裏社会との約束。
天上院吹雪・・・。
カイザーの裏社会での良き理解者で、今のオレの新しい相棒。
秘密を知った者には死を・・・。
裏の社会では、当然のルール。
秘密を互いに握り合い、同じ十字架を背負う事で交わした契約。
今更、オレ一人、温かな普通の世界へ戻りたいなんて虫が良過ぎる。
ただ・・・このまま隠れてヨハンと暮らせば、ヨハンとユベルが危険な目に遭う。
それだけは避けなければ。
それだけは・・・。
オレは自分の過去を清算する為に、ショップ天上院を訪れた。
・・・。
何て・・・天上院に何て言えばいいんだろう?
協力を拒んでいた天上院から強引にサイレンサーを預かったのはオレ。
そのオレが、今更、足を洗いたいだなんて・・・。
・・・。
「十代くん!もぉー、僕の店に来る時は店先で固まらないで言ってるでしょ?はははっ」
入口で躊躇っているオレを見て、天上院が出迎えてきた。
ここに来る時はいつも天上院に出迎えられている。
今までと同じように天上院に促され、オレは店内へと足を運ぶ。
「十代くん・・・キミ、下手打ったね」
っ!
前振りもなく核心を突かれた。
不動を撃ったのはオレじゃない。
オレは確かに、引き金を引いていない。
だが、不動はオレの後方から放たれた銃弾に額を撃ち抜かれた。
『不動に死を』
結果的に目的は達成しているが、オレは手を下していない。
おそらく、あの日、オレの後方から放たれた銃弾はデイビットが撃ったのだろう。
いきなり不動の額が撃ち抜かれ、戸惑っていたオレの後方から現れたのは・・・デイビット本人。
オレはあの後デイビットに襲われ、偶然ラブソフトのCM披露パーティーに招待されていたヨハンに助け出された。
酷く酒に酔っていたというデイビットは自責の念からか・・・ビルから身を投じたという。
依頼人であるデイビットも死亡している今では、報酬なんて受け取れる筈もない。
だがそれは、オレの言い分であって、銃器の調達という自分の役割を果たした天上院にはなんら関係がない。
結果的には何の報酬も得る事なく危険な状況に飛び込んだだけに過ぎない。
天上院の『下手を打った』という指摘はもっともだ。
「すいません。デイビットにも死なれてしまって・・・報酬も・・・回収出来そうにありません」
正直に今回の依頼の経緯を話し、詫びるオレに天上院は意外な反応を示した。
「え?何??十代くんの依頼者ってラブソフトのデイビット・ラブだったの?これはまたスゴイ依頼だったねー。はははっ」
え?
天上院は・・・知らなかったのか?
確かにサイレンサーを預かる時、オレは依頼者やターゲットについて、天上院には一切説明しなかった。
・・・。
じゃあ、天上院の指す『下手を打った』って・・・?
「そんな事は十代くんの顔付きを見た瞬間に分かってたよ」
オレの表情で察したっていうのか・・・。
天上院は予想外に洞察力に長けている。
・・・。
カイザーと同じ位に・・・。
「で・・・、足を洗う気にはなったかな?十代くん」
思いがけない天上院の言葉に驚きを隠せない。
天上院はこの世界から抜け出したいというオレの身勝手な思いさえも、オレの表情から読み取っていたのか。
・・・。
「でも・・・、その・・・、反故した時はって・・・」
サイレンサーを預かった時、天上院から念を押された約束を聞き返すと、オレに対して喝を入れただけだと天上院は言う。
「十代くんは特別サービス。亮の手前もあるしね。はははっ」
朗らかに笑う天上院の笑顔に救われる・・・。
天上院を疑い、警戒していたオレに対して何故、ここまで気遣ってくれるのだろうか・・・。
「僕は元々面倒見が良くて、熱いハートの持ち主なんだよ?でなきゃ、あんな信念を抱いた亮と仲良くなれないでしょ?」
天上院・・・。
・・・。
オレは、ふと思いついた疑問を天上院にぶつけてみた。
カイザーとの出会い。
カイザーと天上院はどこで接点を持ったんだろう?
「ん?亮の生まれ故郷でだよ。実は同郷でね・・・。十代くんは亮の故郷を知ってるよね?」
「いえ・・・」
「なんだ・・・。知らなかったんだ・・・。教えてあげるから行ってみたら?恋人の生まれ育った場所に、さ」
行かない
行ってみる